ジャズ喫茶BASIEベイシー
2021年2月 作並便り
澤井 清
筆者横顔
仙台作並の後期高齢者。某女子大名誉教授。現在は全日空作並支局長。全日空とは「全」ての「日」が「空」いていること。 趣味は多彩。ジャズ喫茶めぐり、写真、ハイレゾオーディオなど。新型コロナ感染の時代になりナチュラリストへ変身。
1.ジャズ喫茶BASIEベイシーとは
昨年はコロナウィルスの影響でジャズライブやジャズ・フェスティバルが中止・自粛の折、岩手県一関ジャズ喫茶「BASIEベイシー」に関する話題が展示会や雑誌・TV・映画等で紹介された。
私が住んでいる仙台市のデパートでも「楽都仙台と日本のジャズ史を探る資料展」(9月17日〜22日仙台藤崎デパート)が開催。展示資料の中で、ジャズ喫茶「ベイシー」が紹介された。雑誌では「週刊文春」62巻36号(9月24日号)に蘇る青春の旋律「ジャズ喫茶をもう一度」に掲載。さらに、11月1日BSフジの番組でも「ジャズ喫茶ベイシー50周年時別番組「レコードと万年筆」が放映。その他、9月から全国の映画館でドキュメンタリー映画「ジャズ喫茶ベイシーSwiftyの譚詩(Ballad)」が公開された。これほどまでにマスコミ等に注目される「ジャズ喫茶ベイシー」とは一体どんな喫茶店なのだろうか?
今回は、私の好きなジャズ喫茶の中からBASIEベイシーについて、以前訪れた感想、映画、出版物をもとに紹介する。
BASIEは店主菅原正二氏が実家岩手県一関市の蔵を改造し私財をなげうって、米国JBL社黄金期のアンプとスピーカー、レコードプレヤーはLINN,カートリッジはシュアー等、最高級のオーディオ装置を備え昭和45年6月にオープンしたジャズ喫茶である。なお、店主菅原氏は早稲田大学在学中「ハイソサエティ・オーケストラ」に入部。バンドマスター、ドラマーとして活躍。TBSラジオ主催の「全国大学対抗バンド合戦」で3年連続全国優勝した名バンドマン。在学中は、早稲田の先輩石黒寿和の結成するラテンバンド、「チャリー石黒東京パンチョス」にも所属するプロドラマーでもあった。だが、持病の結核再発のため、「ドラマ−」を諦め故郷に戻りジャズ喫茶を開店。<⑤別冊ステレオサウンド「ジャズ喫茶ベイシー読本」参照>
ベイシーは私が訪れたジャズ喫茶の中でも別格。蔵を改造し、訪れた客にジャズをリアルに聴いてもらうという「音」を重視し「オーディオ」を主体に店内が構築されている。大音量であるが、圧迫感もなくゆったりコーヒーを楽しみながら過ごすことができる。さらに、ドラムとピアノがあり時折ライブコンサートも実施される。
出典:映画「ジャズ喫茶ベイシーSwiftyの譚(Ballad) 公式サイトより転載
2.ジャズ喫茶BASIE(ベイシー)の由来
BASIEとは、米国の世界的なビッグバンドのリーダー「カウント・ベイシー」である。「ジャズ喫茶ベイシー」の名称は「カウント・ベイシー」のファン菅原氏が、なづけた店名。
菅原氏が「ベイシー」と初めて話をしたのは1971年2度目の来日時、東京厚生年金会館でのコンサートとのこと。更に、翌日ジャズ評論家「野口久光」氏のカバン持ちとしてアメリカ大使館へお邪魔し、パーティでベイシーのバンドメンバーとも親しくなった。当時パーティ主催者側でお手伝いをしていた「ヘレン・メリル(米国の著名な女性ジャズ歌手)」からこの人「ベイシー」というジャズクラブのオーナーですって!)と紹介され、以後「ベイシー」と交友関係を持つようになったと言われている。1980年以来82、83年には「岩手ジャズ喫茶連盟」主催の「盛岡コンサート」開催などベイシーとは特別な関係。一関ベイシー来店の際には、「ベイシー公認」の店名名称を受けジャズ喫茶として現在に至っている。
それでは、カウント・ベイシーの代表作「April in Paris 」をお聴き下さい。
出典はYouTube April in Paris
3. ジャズ喫茶BASIEベイシーに関する情報
①映画「ジャズ喫茶ベイシーSwifty譚詩(Ballad)」
コロナ禍の9月から11月全国で昭和遺産のドキュメンタリー映画「ジャズ喫茶ベイシーSwifty譚詩(Ballad)」が公開された。コロナ禍であったが11月9日、仙台「チネ・ラヴィータ」という小劇場で鑑賞した。。
このドキュメンタリー映画は東京白金台にあるバー「ガランス」のオーナー星野哲也氏が20年以上にわたって通いつづけた「ベイシー」と店主菅原氏の姿を記録として後世に伝えたいの思いから制作された。5年間150時間を超える撮影記録を基に、内容はジャズ喫茶ベイシーで店主がかける「カウント・ベイシー」や「マイルス・ディビス」、「セロニアス・モンク」、「ビル・エヴァンス」ら偉大なジャズメンのLPレコードをアナログ録音機「ナグラ」で生録音。ライブ演奏として、「渡辺貞夫」、「坂田 明」、それに生前のドラマー「エルビン・ジョン」の演奏。さらに、建築家「安藤忠雄」、指揮者「小澤征爾」、女優「鈴木京香」ら各界著名人のインタビューが収録されている。この映画は「ベイシーでのジャズ談義」、「ベイシーの音」「ライブ空間としてのベイシー」の3本柱で構成され、まるで「ベイシー」で実際聴いているかの様なサウンドを楽しむことができる。
予告映画「ジャズ喫茶ベイシーSwifty譚詩(Ballad)」(シネマトゥデイ)
②LP 「プレイバック・アット・ジャズ喫茶ベイシー」(アナログレコード)完全生産限定 UCJU-9102 ユニバーサル・ミュージック180g重量盤 2020年9月 5,500円
LPプレイバック・アット・ジャズ喫茶ベイシー(アナログレコード)ジャケット
内容は映画「ジャズ喫茶ベイシーSwifty譚詩(Ballad)」の中で演奏されたスクリーンミュージック。音源は菅原マスターが店内でかけたアナログLPレコードのプレイバックを、アナログ録音の名器「ナグラ」のアンプを使用し収録したもの。
収録曲は、
Side A1.ワイズ・マン/ジョン・コルトレーン2.マイ・フーリッシュ・ハート
/ビル・エヴァンス 3.エイプリル・イン・パリ/セロニアス・モンク
Side B 1.バードランド/ハイソサエティ・オーケストラ 2.ムース・ザ・ムーチ
/ザ・グレイト・ジャズ・トリオ 3.エイプリル・イン・パリ/ カウント・
ベイシー・オーケストラ
③ SACD/CDハイブリッド盤 「プレイバック・アット・ジャズ喫茶ベイシー」
UCGU-7042 ユニバーサル・ミュージック 2020年9月 4,400円
SACD/CD盤にはLP盤未収録のボーナストラック、ルイ・アームストロングの「ムーン・リヴァー」、サックス奏者坂田 明の2018年9月3日ベイシーライブ録音「ひまわり」、ジャズ喫茶ベイシー「ルームトーン」が収録。哀愁をおびた坂田 明の「ひまわり」の演奏は圧巻である。
その他、より高音質を求めるユーザーにはCD盤と同じ内容が収録されたハイレゾ音源も販売されている。
④ハイレゾ音源
A. e-onkyo http://www.e-onkyo.com/
FLAC,MQA : DSDで提供
DSD 3,515円 FLAC;MQA 3,055円
B. mora https://mora.jp DSD(DSF)で提供 3,514円
以上、アナログ、CD、ハイレゾと3種類の音源が提供され、音質の違いはあるものの「ジャズ喫茶ベイシー」のムードを感じ取れる。
⑤別冊ステレオサウンド ジャズ喫茶ベイシー読本 BASIE 50th Anniversary
ISBN978-4-88073 2020年 定価 2,970円 ステレオサウンド
本書は、店名の由来となったカウント・ベイシーはもちろんのこと、店内や店主を撮影した数多くの写真。ベイシーの歴史や店主の人物像を追ったインタービュー、オーディオ装置の解説等で構成され、「ベイシーマニア」はもとより映画を観てジャズ喫茶ベイシーに関心を持った初心者ガイドブックにも利用できる。さらに、ベイシー所蔵の「レコードジャケット」フォトギャラリーも紹介され、懐かしい素敵なジャケットも楽しめる開店50周年を記念して製作された一冊である。
なお、「ベイシー」では以前からライブコンサートも行われ、多くのジャズマンが出演した。最後に私の好きな女性ヴォーカリスト「アニタ・オーディ」の1978年7月2日、BASIE ライブ録音CD「ANITA O'DAY Live at BASIE」も併せて紹介する。
本CDは上記ライブの際、オープンリールで録音した事を想いだした「アニタ・オディ」の要望で作製、2006年11月に他界した「アニタ」の命日に合わせて発売された。未発表ライブ録音であるが、「アニタ」の油の乗りきったどっしりとしたかつ軽やかにスイングするアットホームで臨場感あふれる貴重なライブ音源である。
⑥恋をしましょうーLive At Basie Anita O'day
Retspack Records 2007年11月 2,640円
CD「恋をしましょうーLive At Basie Anita O'day」ジャケット
現在ジャズ喫茶BASIEベイシーは、コロナ禍で昨年から休業中であるが、コロナの終息を願い再度訪れたいジャズ喫茶である。
作並のナチュラリスト
澤井 清
澤井 清先生 貴重な投稿、ありがとうございました。 カメ
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『一閑張押花大皿』
山野草の押し花
2020年10月 浅輪正彦
今回は押し花の話である。これは『一閑張押花大皿』(写真1)と呼ぶ山野草を素材にしたもの。親友の浅輪正彦さんの作品である。浅輪さんは、この皿は和菓子を置く銘々皿からヒントをえたという。香川県の竹工芸品には丸亀団扇と「一閑張」があり、その双方の作り方を取り入れた。

(写真1) 『一閑張押花大皿』
押し花にした山野草
猛暑であっても軽井沢の朝夕は涼しい。小さなカメの庭にも山野草は次々と咲いてくれる。ユキノシタ、カキドオシ、オダマキや秋には真っ赤に紅葉するカエデの葉などが苔むした岩の間に所狭しと育っている。
オダマキ
日本の里山に自生する。草丈は10~70cmで長い茎の先に紫色した花を咲かせる。花びらのように見える部分は、「がく」が変化したものである。

(写真2) オダマキ
そのオダマキが深い渋茶の「一閑張」(写真3)に変わる。
(写真3) オダマキの押し花
ユキノシタ
岩庭に最適な山野草(写真4)である。もともと山地の湿った場所に自生する。脈に沿って縞模様の斑が入った円い葉をつけ、初夏に下2枚の花びらだけが白い5弁花を咲かせる。
(写真4) ユキノシタ
カキドオシ
雑草扱いされるが小さな紫の花を付ける。カキドオシ(垣通し)(写真5)は、シソ科の植物なので香が強く匂う。生け垣の下などで隣接地から垣根を突き抜けるほど、勢いよく伸びてくるからだ。
(写真5) カキドオシ
カエデ
カエデの葉は紅葉して美しいことから、モミジ(写真6)と呼ばれるようになった。
(写真6) 紅葉したカエデの葉
写真7は、『一閑張押花大皿』の完成した姿である。
(写真7) 『一閑張押花大皿』の完成した姿
『一閑張』とは何か
最初に見た印象は、竹ざる、編み笠、番傘、押し花付きの和紙の竹飾り皿、等々の言葉しか思いつかなかった。裏側を見ると和紙に漆と柿渋が塗られている。たいそう手の込んだ作品なのだ。そもそも「一閑張(いっかんばり)」とは何か。
「一閑張」は、日本の伝統工芸品である紙漆細工のことである。まず紙漆細工を作る方法がよくわからない。調べてみると、中国の明時代に日本に亡命した「飛来一閑」が伝えて広めた技術なので一閑張になったという説もある。しかし人名に由来するとは考えにくい。 むしろ日本の農民から生まれたという説を信じたい。つまり、農民が農閑期の閑な時に作っていたものが「一閑張」と呼ばれるようになった。そして一貫の重さにも耐えるほど丈夫なので「一貫張」と最初は呼んでいたという説。こっちの方がなんとなく合点がいく。
農民の知恵の産物
道具を長持ちさせるという農民の知恵の産物なのだ。古和紙と糊そして竹で道具を補強する。これらは貧乏な農民でも手に入りやすい材料といえる。傷んできた場合は張り直して修理すれば、使い続けられる。和紙の上に漆や柿渋を塗れば防水効果もありさらに強度は増す。プラスチック製品と違いまさにエコロジーに徹している。
作り方は、「下張り」「上張り」「塗り」の三段階に分けられる。
(手順1)下張り 土台となる木型や竹かごなどに、糊で和紙を張り重ね。
(手順2)上張り 仕上げの和紙を張る。皺が寄らず、継ぎ目が分からないよう、形に合わせて張り重ねる。
(手順3)塗り 最後に柿渋や漆などで表面を塗装する。柿渋には、防腐・防虫・防水などの効果がある。
さらに、その作り方は浅輪正彦さんの話から具体的に理解できた。
浅輪さんは、先にも述べたが和菓子を置く銘々皿(写真8)からヒントをえたという。特に愛妻、浅輪昭子さんの生まれ故郷である香川県。そこは竹工芸品「丸亀団扇」と「一閑張」は昔から有名だった。双方から作り方を取り入れたそうだ。それだけではなく、若冲の「葡萄図」にある虫食いの葉に影響されて虫食いの葉を多く集めた。しかもフランスワイン研修旅行中に集めて保存していた虫に食われた押し葉を皿(写真9)に張り付けて透明漆を塗ったという。浅輪さんは何事にもこだわる凝り性なのだ。

(写真8) 小皿
(写真9) 虫食いの葉皿
浅輪名人の作業は以下のような手順で行う。
(手順1) 松井田の真竹を使って竹籤を作る。幅3㎜、厚さ0.3㎜にして2本ずつを「六つ目編み」直径40㎝の大笊を編む。
(手順2) 笊の裏面にはティッシュをちぎって糊付け、その上に三角形に切った厚手の和紙の角を中心に合わせて貼る。和紙は白川郷の特産五箇山和紙(写真10)。余分な和紙を切り、松井田で作った柿渋を何度も塗る。

(写真10) 白川郷の特産五箇山和紙
(手順3) 6、7月に集めた花を押し花にして、乾燥させて笊の表面に配置して糊付けする。その上に極薄の和紙を糊付けして押さえ(写真11)、その上に透明漆を塗る。

(写真11) 極薄の和紙を糊付けして押さえ
裏は何回も繰り返して乾燥しかわいた布で「みがき」上げてあるから深い渋茶になっている。根気のいる技が必要になる。
浅輪正彦さんのプロフィール
竹取の翁と称される竹細工の名人。思いつめたら何事も一心不乱で正義感の持ち主。コロナ時代から取り残された達人なのか・・。 余談であるが、「柿渋」の力はコロナを殺すという報道もあった。先達の知恵は時空を超えて素晴らしい。
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猛暑日の狂い咲き桜
2020年9月 作並便り
澤井 清
筆者横顔
仙台作並の後期高齢者。某女子大名誉教授。現在は全日空作並支局長。全日空とは「全」ての「日」が「空」いていること。 趣味は多彩。ジャズ喫茶めぐり、写真、ハイレゾオーディオなど。新型コロナ感染の時代になりナチュラリストへ変身。
途方もなく長く感じた梅雨が終わり、本格的な夏が到来したと思いきや瞬く間に9月となりましたが、季節はまだまだ盛夏の趣は衰えを見せません。
今年の夏は「コロナウィルス」の影響で旅行、飲食、外出も自粛、その上猛暑の洗礼を受けるなど最悪の年でした。このため、「おうちタイム」の生活を余儀なくされましたが、反面今まであまり関心のなかった自然界に関心を持つようになった。
8月26日、北国仙台作並でも朝から猛烈な暑さを感じ庭に水まきを開始した。すると、桜の枝の一部につぼみらしき桜の花が咲いていた。
我が家の桜は大型鉢植えで10年、今年は4月下旬に既に開花。
季節外れに咲いた「狂い咲き桜?」。
一般に季節外れに咲く桜の原因は、①虫による「食害」、②台風による落葉と言われている。桜の花芽は夏の間にでき、冬の低温に備えるため葉から「休眠ホルモン」を出し、花芽を硬くして翌年の春まで咲かないように備える。しかし、虫による食害でほとんどの葉を失ってしまうと「休眠ホルモン」の供給が止まり、休眠できずに秋に気温が適温になった頃合いに開花する。台風で葉っぱが無くなると食害と同様、休眠ホルモンの供給が止まってしまう。
今回の桜の開花は虫による「食害」や「台風」ではなく、「梅雨」が長かったこと、まれに見る「猛暑」の影響による「狂い咲き」と思われる。
狂い咲き桜
8月26日 午前9時 筆者撮影
今年は更に例年になく地植えした山野草「レンゲショウマ」、「狐のカミソリ」、「夏水仙」が初めて開花した。これも猛暑の影響か?。こちらも併せて紹介する。
レンゲショウマ
日本特産の1属1種の花。レンゲショウマ属の多年草。
花が蓮に、葉が「サラシナショウマ」に似ているのでレンゲショウマと命名。
「レンゲショウマ」と言えば奥多摩御岳山が日本一の群生地として知られている。毎年7月下旬〜8月中旬にかけて「みたけレンゲショウマまつり」が開催。
8月15日 10時27分 筆者撮影
キツネノカミソリ(狐の剃刀)
ヒガンバナ科の多年草草球根植物。ヒガンバナは人里の刈り取り草原や河原だけに生息するが、キツネノカミソリは林緑や明るい針葉樹に生育。花の形がカミソリに似ていることから命名。
8月18日 15時28分 筆者撮影
ナツズイセン(夏水仙)
ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。和名は、葉がスイセンに似ていて、花が夏に咲くことから呼ばれる。また、花期に葉がないことから、俗に「ハダカユリ」とも。東北の八戸市では「カラスノカミソリ」とも呼ばれる。
8月15日 10時10分 筆者撮影
夏水仙を見るのは初めて。貴重な山野草を庭で見るだけではもったいないので、室内で見れる様、花瓶に生けてみた。庭で見るのと違いダイナミックに見事に咲いた「夏水仙」。猛暑真っ盛りであるが、しばし、爽やかな気分転換ができた。
想定外のパンデミック、「コロナ・ウィルス」で揺れた今年の夏。「おうちタイム」で過ごされている方も多いと思われます。最後にフレンチ・ジャズの大御所ミッシェル・ルグラン(Michel Legrand)のスクリーン・ミユージック「おもいでの夏」をお届けします。華麗でエレガントなミッシェル・ルグランの演奏をお楽しみ下さい。
(出典YouTube https://youtu.be/R5CBdBCMCmI)
「おもいでの夏」は現在、CD、Hi-Res 音源として下記のとおり入手可能である。
紹介 CD
「ミシェル・ルグラン&ステファン・グラッペリ おもいでの夏」
2012年3月21日発売:ユニバーサル・ミュージック UCCU-6190 ¥1,885
ミシェル・ルグランの「ピアノ」とステファン・グラッペリの「ヴァイオリン」の音色が癒合したお洒落なCD。バックのオーケストラも両者を引き立てコーラスもある、癒しのアルバム。「おもいでの夏」以外に「シェルブールの雨傘」「枯葉」等が収録。
紹介ハイレゾ(Hi-Res)音源
Hi-Res AUDIO e-onkyo music ミシェル・ルグラン名曲集 (アルト・サックス: ジュルジュ・ロベール) 2017年4月22日発売 flac 48kHz/24bit ¥3,000
ミッシェル・ルグランの名曲をオーケストラサウンドに乗せてアルトサックスで演奏するラグジュアリーな質感のハイレゾ音源。「おもいでの夏」以外に「シェルブールの雨傘」などミッシェル・ルグランの映画ベスト盤として楽しむことができる。なお、ミッシェル・ルグラン(Michel Legrand)は2019年1月26日死去86歳没。
作並のナチュラリスト
澤井 清
澤井 清先生 貴重な投稿、ありがとうございました。 カメ
本当のアルスロンガ
2020年8月 『無言館』を訪れた
アルスロンガはアルスロンガ農園の名前として使ってきた。
アルスロンガとはラテン語で、
ARS LONGA VITA BREVIS
アルスロンガ、ウィータブレウィス
その意味は、
本当のアルスロンガを訪れた。
真夏8月の蒸し暑い午後だった。2020年8月5日の信州上田。
そこには『無言館』と呼ぶ小さな美術館がある。
上田市の森の丘にひっそりと建っていた。
(上田市郊外の小さな森の丘にひっそりと建っている。)
第二次世界大戦で戦没した画学生の慰霊のために作られた展示施設といえる。
そこで展示されている作品は全て彼等の遺作ばかりである。
「画学生は戦没したが、その作品は永遠に残る。」
本当のアルスロンガといえるだろう。
(『無言館』の入口。壁面はコンクリート打ちっ放しで無言だ。キリスト教教会のよう。)
館長である窪島誠一郎氏(作家水上勉氏の御子息)の言葉をそのまま引用させてもらった。出典は「https://mugonkan.jp」である。
あなたを知らない
遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺のこしたたった一枚の絵だ
あなたの絵は朱い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく
あなたが別れた祖国のあのふるさとの夕灼やけ色
あなたの胸をそめている父や母の愛の色だ
どうか恨まないでほしい
どうか咽なかないでほしい
愚かな私たちがあなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく五十年も経ってたどりついたことを
どうか許してほしい
五十年を生きた私たちのだれもが
これまで一度として
あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを
遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ
その絵に刻きざまれたかけがえのないあなたの生命の時間だけだ
窪島氏のこの素晴らしい言葉だけで『無言館』の解説は完璧である。
(絵画だけでなく、絵の道具や手紙などもあった。無言の空間だ。)
涙が出た。これは反戦のメッセージではない。戦後75年も過ぎて新型コロナで揺らぐ今の日本そして世界中の悲痛な叫び。これもやがて絵画の題材になるだろう。
(ある画学生は最愛の妻の裸婦像を描く。事実は違っていた。)
若者達が戦没するまでに残された貴重な生きる時間。画学生という才能があったからこそ最後まで絵筆を取ることができた。ある画学生は母親や妹の姿を描く。あるものは最愛の妻の裸婦像を描く。妻といつまでも抱き合って生きていきたかった。乳房は生々しく、大きな手と指は美しく描かれている。さぞかし無念だったろう。絵画は物語として永遠に語ってくれる。
裸婦像の顔は鼻筋のとおる面長美人。かなり緊張している。自分の妻の赤裸々な姿をよくまあここまで描けたものと感心していた。しかし間違っていた。
この裸婦像の絵学生(日高安典さん)は、アルバイトのモデルを描いたのだ。その事実は2020年8月9日NHK放送の特集番組によって明らかにされた。75年過ぎてモデルであった女性が名乗り出たのである。そして手紙を書いてよこした。番組では、窪島氏がみずからの言葉で80歳過ぎになったモデルの手紙を読んだ。せつない心情が伝わってきた。(私がテレビ放送から要約)
下北沢駅で待ち合わせました。・・・・
あの夏の日を忘れていません。・・・・・
私は絵に会いにとうとうやって来ました。
・・・・・・、
私は緊張していました・・・。
あまりにもの緊張で私がしゃがみこむと
安典さんは絵の具だらけの汚れた両手で
私を抱きしめてくれましたね・・・。
素晴らしい内容だった。このモデルは独身を通してきたという。彼女はどんな人生を過ごしたのだろうか。
(内部の展示場は真夏でも涼しい。静かだった。館内は撮影禁止。そこで絵葉書やパンフレットの写真を利用した。右の婦人像は実際の奥さんらしい。美人でまるでルノワールの絵。)
展示されているものは絵画だけでなく、絵の道具や手紙などもあった。遺作は未完のものも多く、それだけに画学生らが才能を花開かせる前に戦場で散った残念さを汲み取ることができる。どれもが素朴であるからなおさら深く感動させられた。
鹿児島知覧にある特攻平和会館とは全く違い反戦のメッセージを前面に出さず、すがすがしく心地よいアルスロンガだった。心からご冥福を祈り平和を誓った。
「武器は破片として残るが、芸術は永遠に輝いている。」
(キリスト教会のような天井に描かれたデッサンの遺品集)
なお、NHK日曜美術館で『無言館』が取り上げられた。
「無言館の扉 語り続ける戦没画学生」という題名。
2020年8月9日(日)午前9:00〜9:45に放送された。
再放送は2020年8月16日(日)午後8:00〜8:45である。
遺作の保存状態はどれもが良好。もちろん復元には莫大なお金が必要だった。現在も寄付金で運営されている。多くの支援者を待っている。
2020年8月5日は、実に感動したアルスロンガの夏だった。
『無言館』のWebサイトは下記の通りである。作品と談話など引用させてもらい心から感謝する。多数のみなさまが『無言館』を訪れることを希望したい。
https://mugonkan.jp
幸せの青い鳥「オオルリ」
-奇跡の羽ばたきー
2020年6月 作並便り
澤井 清
筆者横顔
仙台作並の後期高齢者。某女子大名誉教授。現在は全日空作並支局長。全日空とは「全」ての「日」が「空」いていること。
趣味は多彩。ジャズ喫茶めぐり、写真、ハイレゾオーディオなど。新型コロナ感染の時代になりナチュラリストへ変身。
今回は、幸せの青い鳥「オオルリ」について報告します。
5月7日の午後2時頃、我が家の高窓(5m)に「ゴッン!」という音。「何か、ぶつかった?」家内が何事かと外に出て見ると、そこには、全長16cm程の青い鳥(瑠璃色の…オオルリ?実物を見るのはこれが初めて!)が地面に横たわっていました。窓に激突、落下。微動だにしない。窓に映った新緑の木々と青空を目指していたのだろうか。
家内が、「オオルリ」を手ですくって家の中へ。ぐったりしている「オオルリ」に“水”をやり、“割ばし”の上に。しばらくすると、家内の姿を追って、目を、頭を動かし始めた。さらに“水”を飲ませると室内で羽ばたくまでに回復。手の平に乗り落ち着いた様子。
(写真1 手乗りオオルリ ?)

「オオルリ」といえば私の愛用する鳥画入り「特製趣味用箋」の中で1番お気に入りの鳥。望遠レンズ撮影による「オオルリ」の写真は見たことがあるが、このように至近距離で実物を見たのはこれが初めて。野鳥の手の上の姿は稀なので紹介します。
「オオルリ」は主に夏鳥として4月下旬頃日本に渡来し、冬季は東南アジアで越冬。南西諸島を除く北海道から九州まで全国各地で繁殖。「ルリ」と名の付く鮮やかな瑠璃色の体は美しく、日本で見られる夏鳥の中でも人気の高い野鳥。高い木の上で朗らかにさえずる、姿も凛々しい。一見よく似た鳥として「コルリ」がいるが、「鳥類図鑑」で調べると、外見上一番の違いは、のどの“色”で判別とのこと。「オオルリ」が黒色もしくは濃い青色に対して、「コルリ」は真っ白。まさしく今回の鳥はオスの「オオルリ」。ちなみに「オオルリ」のからだの色は、オスは瑠璃色、メスは淡い褐色である。
(写真2 ハンサム・・ )

「オオルリ」は国際自然保護連合(IUCN)の軽度懸念(レッドリストで生物種を危険性の高さで分類したカテゴリーの一つ)を受け、日本では東京都北多摩をはじめ、千葉、山形、神奈川、大阪府、和歌山、山口、福岡、茨城、滋賀、埼玉、兵庫、岡山県でレッドリストの指定を受けている。また、「オオルリ」は「ウグイス」、「キビタキ」と「三大美声鳴鳥」のひとつと呼ばれるほど美しい声でさえずります。それでは「オオルリ」の美声を「YouTube動画」からお聴きください。
出典 YouTube (https://youtu.be/qSS9zkATiyA)
「オオルリ」にとってアクシデントも、自分にとっては生の「オオルリ」との出会いになった。あの日、無事に空に吸い込まれるように飛び立っていった「オオルリ」。
明日もまた、我が家上空を縄張りに、渡りの季節を迎えるまで、声高らかにさえずってくれることを期待してしまう。
今日も、青い空を見上げながら、あの鮮やかな瑠璃色を思い出している。
作並のナチュラリスト
澤井 清
澤井 清先生 貴重な投稿、ありがとうございました。 カメ
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