斉藤孝  カメのブログ

カメの個人的ブログです。私の趣味、ガーデニング、友人との交流

「カメの旅物語」(その1)   海外への憧れ 2022年8月15日

「カメの旅物語」(その1)  海外への憧れ
                2022年8月15日
                         斉藤 孝

続編(その1)  歴史・民族・言語  

世界は生き生きとした姿を示してくれます。私の海外旅行の楽しみは、「歴史・民族・言語」の3点セットです。歴史的場所で土地の素朴な人々に会い、彼らが喋る言葉を聞くことです。買い物と食べ物にはあまり興味がありませんから、厳冬の観光客が少ない時期が私の好みに適しています。


    

     (スライド動画による総集編です。  2005年)


2022年9月6日は、私の80歳の誕生日でした。1942年9月6日に中国・山東省の青島で生まれてから、なんと80年も過ごしてきたことになります。私の実父は36歳で病死していますから、その二倍の時を生きながらえ、しかも健康であることに感嘆しています。我儘な一人息子を大切に育て、立派な教養と教育の機会を与えてくれた実母トミ、そして義父、斉藤泰正には心底感謝しています。


      ka40.jpg

      (プリマヴェーラ  フィレンツェ イタリア  2010年12月)


小さい頃から海外に憧れました。それは地図だけの世界でした。

これまでの海外の旅の想い出について写真を題材にして述べたものですが、プライベートな雑文付き写真アルバムといえます。


ka19.jpg
(マッターホルンとアオスタ渓谷  イタリア 2018年6月)
ジュネーブからシャモニーに入り、イタリアのアオスタに行きました。モンブランやマッターホルンと言えばフランスやスイスの登山スポットのイメージが強いのですが、実は北イタリアも隣接しています。

これらの写真を撮影した年代は正確ではなく、掲載順序もランダムに並べました。しかも地域や国名も明確に区分されていません。

              ka21.jpg
           (グランドキャニオン  USA  1999年3月)  
ラスベガスから小さな飛行機で飛びました。東芝に勤務していた頃です。

さらに解説は、写真とは無関係な内容なので読み続けると不快になるかもしれません。その時に思いついた感想や所見を勝手気ままに述べているからです。

              ka22.jpg
          (カリフォニア大学バークレー校 USA 2002年)
客員教授としてデービス校とバークレイ校に約2年間滞在しました。
“Hi Takashi !” 、”How are you doing ?” 昨日会ったばかりの若き女性職員からそう呼ばれると自分の歳も忘れ、気持ちが若くなります。

写真と内容は全く整合していませんから紀行文のように海外の旅を伝えるものではありません。「カメの旅物語」といえます。

ka20.jpg
   (ゴールデンゲートブリッジ USA  2003年)
愛車に乗りこの橋を渡りサンフランシスコ湾の対岸に行きました。オープンで自由平等のお国柄であるから、地位、年齢、仕事、性別、人種など 気にしない。 

初めての海外旅行
1969年に大学院を修了しました。その1969年、早春3月に東南アジアを観光しました。初めての海外体験なので大変興奮していました。場所は、東南アジア。

ka18.jpg
   (パルミラ遺跡  シリア共和国  1993年3月)
当時のシリアは今の内戦で破壊を繰り返す国とは全く違い、平和な輝かしい立派な国でした。
父親アサドは独裁者でしたがイスラム宗教色を嫌った革新的人物でした。

まず香港に渡り、シンガポール、マレーシア、カンボジア、タイと回り最後は台湾でした。1965年頃から両親が沖縄・那覇に赴任していたので、台北からノースウェスト航空に乗り那覇空港に着きました。

ka17.jpg
    (カナリア諸島へのクルーズ船   2018年3月)
カナリア諸島はスペイン領で、マデイラ島はポルトガル領です。アフリカ大陸の北西沿岸に近い大西洋 上にあり大陸で最も近いモロッコからの距離は500kmもあります。

沖縄はまだ米国統治下で琉球政府が治めていました。軍政下なので総務省が発行する特殊なパスポートを使いました。

ka13.jpg
  (キエフの英雄広場  ウクライナ共和国 2018年10月)
最初にウクライナを訪れたのは2003年でした。お隣のスロバキアから小型バンに乗って入国しました。大学の調査隊の一員としです。カルパチア山脈の麓にあるウジホトロド、そして西ウクライナの中心都市リビフに行きました。2022年の内戦で荒廃しています。

香港では中国・深圳との国境にグルカ兵が警備していて、難民も多く中共と緊張した関係でした。あの貧しい共産党支配の中国が今では香港を完全に掌握しました。

ka16.jpg
  (ハバナ航路を行く  カリブ海クルーズ 2018年12月)
カリブに浮かぶ「赤い島」と呼ぶ。私はキューバを訪れることは長年の夢でした。

一番感銘を受けた観光地は、カンボジアのアンコールワット遺跡でした。ヒンズー教に影響されたクメール文明を実感しました。

ka15.jpg
   (サクラメント USA 2003年 親戚一家)
カリフォルニア州の州都、サクラメントは綺麗で平和な街でした。栄子の姉、勝子夫妻は日系アメリカ人の夫フランク、そして娘夫妻はドミニックとジャネ、二人の可愛い娘がいます。日本から84歳になる高齢の母親トミが来てくれました。

タイやカンボジアは熱烈な小乗文教国と理解していましたからインド・ヒンズー文明の影響が強いことがよくわかったからです。

ka14.jpg
    (ナイヤガラ大滝 カナダ  2000年12月)
啓子の婿殿は米国・イサカにあるコーネル大学に留学していましたので、みんなでナイヤガラ瀑布を見物するためにカナダ側に入国しました。

カンボジア王国はシャヌーク王政の下で中立外交を行っていましたが、隣国のベトナムは内戦状態で泥沼化し、米国から北爆が行われていました。

ka09.jpg
  (ギネス・ビール工場 ダブリン アイルランド )
大好物の『ギネススタウト』をがぶ飲みする旅でした。本場のギネスは新鮮で旨い。大麦の一部は蒸かして挽き割りとし焦がすことで、ギネス独特のクリーミーな黒ビールの色になる。

望郷の痕跡が残っていない
1942年に中国・山東省の青島で生まれました。
青島は中国の山東 半島にあり東シナ海に位置する港湾都市です。

kr06.jpg
  青島 中国

ka12.jpg
 (ウラジオストック ロシア  2018年8月)
酷暑の8月に横浜港から洋行しました。目 的地はシベリア沿海州港町のウラジオストックでした。 ウラジオストックはシベリア鉄道の終着駅です。

AGIguasFall.jpg
  イグアスの滝  アルゼンチン

正確には青島市 (チンタオ) 、ローマ字で(Qingdao)と綴ります。現在は中華人民共和国山東省に位置する海洋産業の中心都市であり、東部沿岸の重要な経済と文化の中心として発展しています。

ka11.jpg
  (赤の広場 モスクワ  ロシア連邦 2014年)
ロシアは大好きな国なので何回ともなく足を運びました。真冬の雪のロシアは綺麗です。ロシア人と文化は素晴らしいのですが、政治体制とプーチンは大嫌いです。

NLfelume.jpg
  フェルメール  アムステルダム オランダ

また中国人民解放軍海軍北海艦隊司令部のある軍港として有名であり中国初の空母『遼寧(り ょうねい)』が母港としたことでも知られています。

0002.jpg
  ボンベー インド

近年、中国最大の家電メーカーとなったハイアール(海爾集団)や中国最大のテレビメーカーであるハイセンス (海信集団)も青島を本拠としています。

ka10.jpg
  (ダブリン市内の観光バス  アイルランド共和国 2019年)
最初にアイルランドを訪問したのは1999年でした。学会に出席するためです。トリニティ・カレジで開催されました。

PRinka.jpg
  クスコ ペルー

 私が生れた1940年代では青島がこのように大都会に発展するなど想像もできなかった。生まれ故郷が立派な都市に大変貌したことは嬉しくもあるが他方で古いものが無くなり望郷の痕跡が残っていないようで寂しいです。

ka08.jpg
   (コトル ボスニア共和国 2010年)
サラエボなど、アルバニアのチラナから入りました。内戦の悲劇を実感しました。クロアチア、セルビア、モンテネグロ、スロベニア、マケドニアなどバルカン諸国は歴史的に非常に興味深い地域です。

MXcity.jpg
  メキシコシティ  メキシコ

これは私の記憶がまるでROM(Read Only Memory)に焼き付けれたような中国・山東省・青島に関わるノスタルジです。 

kr05.jpg
   泰山 山東省 中国

5歳までしか住んでいなかった青島ですが、まるで50年も長きに渡り青島で生活したかのように数々の想い出が浮かんできます。
80歳になっても夢の中で青島にいた幼児の自分の姿を見つけます。

ka07.jpg
  (ミラノ市内 ドーモ近くの繁華街 2018年)
ミラノは何度も行きましたが、いつもお洒落で素敵な都会です。是非とも一度はオペラ座でプッチーニを聴きたいものと、熱望していますが実現していません。

私は世界中どこでも中国人に会うと、゛青島を知っていますか゛と尋ねてみます。多くの中国人は、゛もちろん知っています。綺麗で素敵な都会です。゛と答えてくれる。

ka06.jpg
  (極寒のカザン タタールスタン  ロシア  2019年3月)
地理的にはロシア連邦共和国のヨーロッパ側のヴォルガ川流域に位置する。正式にはタタールスタン共和国という。アフガニスタン、パキスタン、ヒンドスタン、ガザフスタンなどのように「スタン」が語尾につけばペルシャ語に語源をもつ「人々の土地、国」を意味する。

私は待ってたとばかりに、゛私はその青島で生まれました。゛と得意になって自分史を語りだす。古き良き時代には名優『三船敏郎』も生まれた。第二次大戦で日本文学者『ドナルド・キーン』も青島に上陸したと聞く。

ka05.jpg
  (マウント・クック ニュージーランド 2019年7月)
小さな飛行場から6人乗りの小型機が飛び立ちます。雄大なタスマン氷河を登り詰めて深い雪に覆われたタスマン氷河に着陸しました。機体の足には小さな 車輪とその横にスキーが付いています。

「万巻の書を読み、万里の道を行く」
名人の言葉に憬れ懐かしい山々に数回登りました。2013年11月にヒマラヤ街道を10日間も歩き、エベレストの姿を眺めました。

ka03.jpg
  (ミケーネ文明 クレタ島 ギリシャ 2010年5月)
ギリシャ本土のヘレニズム文明よりも古いというミケーネ文明、神話の物語は面白い。

まさに厳かで神々の座であることを実感しました。富士山にも40年ぶりに登りました。登山と農耕による自然との融合は、老衰防止と回春活力になっています。

ka04.jpg
  (サントリーニ島 ギリシャ 2010年5月)
近くの風車で有名なミコノス島など、エーゲ海をクルーズしました。紺碧の海の色と真っ白な建物、見事なコントラストでした。

趣味は地図読み
私の子供の頃から変わらない趣味は、地図を見ることです。私の旅行の楽しみは、事前に旅の地図によるシミュレーションです。そして土地の情報を与えてくれた地図と現実の世界とが同じであるかどうかを確認する喜びです。

            ka01.jpg
     (タージマハール インド共和国 2000年)
インドの人々はヒンドゥー教こそが宗教の原点であると誇りにしています。一神教の厳しさもなく穏やかで寛大な教えです。

地図は、様々なメタファとして使われて、比喩表現によって人の心の中に強い心像を描き出す役割をもっています。

sakurada.jpg
   サクラダ・ファミリア  バルセロナ  スペイン

また地図は、思考過程を図解したものです。それは、発想・創造や問題解決に必要な頭で考えたものを、眼で考えるようにしたものといえます。

続く  「カメの旅物語」(その2)

バックナンバー(カメの旅物語)
その1 | その2 | その3 | その4 | その5
----------------------------------------------------------

---->  カメのホームページへ戻る






スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する